B-STYLE

[身近なモノの取合せで暮らしを満喫する]  [時の経つのを楽しむ] [偶然を味方にする] それらをBスタイルと呼ぶことにしました。

2014/07/31

宮崎駿「風立ちぬ」-日本の景色は良かったけれど


ツタヤで「風立ちぬ」のDVDを借りて見る。

■ストーリー
飛行機作りを夢見る少年が、軍需工場の設計技師になり、、自分の納得のゆく性能の飛行機を完成するまでのエピソードを描く。エピソードの中で、主人公は不治の病をもつ恋人と結婚し、支えあいながら設計を続ける。
実在した人物をもとに制作したストーリーなので、時代は日本の戦争に向かう時代に設定され、当時の日本の姿がリアルに描かれている。

■構成
アニメなのに大部分が人間の実写映像でもおかしくないような現実的シーンからできている。しかし何層にも重ねたハンバーガーのように、ストーリーにはたびたび夢が現れる。夢では飛行機にまつわる様々なシーンが出てくるが、夢を引っ張るのは、少年が憧れたイタリア人航空機設計者カプローニ。「飛行機は人を乗せることも爆弾を積むこともできる」と語らせている。

■背景画とアニメーション
このアニメ、1番驚いたのは古い日本独自の景色の素晴らしさだ。
今はわずかしか残っていない古き良き時代の田舎。畑、田んぼ、茅ぶきの家、小舟を浮かべた川。そんな場所を列車が走り飛行機が飛ぶ。
東京では瓦屋根の日本家屋と庭。その暮らしぶりと所作もかつては多く存在した日本文化だ。宮崎監督は、小津安二郎の映画のように、強いこだわり持ってこれらを描いている。

洗練された日本の文化や景観は未だにミステリアスである。
私は昨年から始めたPinterest(SNS)に「古い日本のスタイル」というボード(カテゴリ)を持っている。このフォロワーにはぜひ見てほしい日本だ。

アニメーションとしては、関東大震災の圧倒的なシーンが印象的だった。避難する群衆、火災のシーンは、アニメ関係者なら垂ぜんもの。こんなスケールのアニメはめったに見られない。技術的にも誰も到達できない前人未到の領域に踏み込みたいという監督の強い決意を感じた。

■戦争に対する主人公の現実感
設計に夢中な主人公に現実を語る人物が2人登場する。彼の同僚とドイツ人のスパイ(?)だ。
主人公はそれに対し特に反応はしない。子供のように高性能の飛行機を設計する夢を追い続ける。戦争に対する現実感がないようにも取れる。

例えばこの作品が、主人公は「自分は兵器を設計しない」といって国と対決し、恋人にも理解してもらい、別の行動を選択するヒーロー物だったらどうだろう。
しかし監督は、そんなどこにであるストーリーを作ろうとはしなかった。

作品では主人公の近くにいる2人に現実を語らせた。
そして主人公には、いつの時代でも否定されがちな無垢で個人的な行動をとらせ、それを肯定してみせた。
これは勇気のいることだ。なぜなら弱さの肯定にもつながるからだ。

■設計に対する現実感
主人公の夢は航空機を設計することだ。それは途中から高性能な戦闘機になってゆく。
しかしこの描き方は戦闘機ファンには不満が残るはずだ。なぜなら開発にあたってどんな困難があったのかが曖昧だ。
監督は航空機に関しては相当なマニアなはずだ。だが出てくるのはドイツのユンカース社のみ。
当時ドイツにはメッサーシュミット、英国にはフォーカーハリケーン、スピットファイヤー、米国にはロッキードやグラマンといった名機を生み出すことになる会社がしのぎを削っていた。ゼロ戦につながる高性能機を開発するのなら技術を比較する説明ぐらいは欲しかった。

■恋愛(1度しか見なかったので記憶違いがあったら失礼)
軽井沢で絵を描く菜穂子に再開した時のシーン。
モネの絵が元になっていること、観客が恥ずかしくなるほど監督の思い入れがある画面であることは伝わってきた。しかし主人公の受けたインパクトがよくわからなかった。
古式ゆかしい初期、切り紙のグライダーを介したのびのびとした関係、感情が深まってゆく後半、死を避けられない末期と、よく描かれていた。

話題になっていた喫煙シーンとはどんなものかと思ったが、あのシーンが問題になった現代社会自体が怖くなった。むしろ菜穂子の、愛と、死を意識した姿に感動した。

■宮崎駿は何を言いたかったのか
観客が感じたのは、主人公の無垢さや純粋さと言うより疑問だったのではないだろうか?
飛行機の在り方は夢の中のカプローニに語らせ、戦争という現実は周り(同僚とドイツ人)に語らせたために、主人公の人間としての存在感が希薄になってしまった。
主人公が戦闘機設計者ではなく、日本の料理人や画家だったら疑問は少なかったと思うが・・。

今の時代、観客は主人公のように只々戦闘機作りにかかわるなどできない。主人公に共感できない観客は何に共感すればいいのか? 
「時代に従うしかない、しかし何が起きても夢を捨てずに生きなくては」
ではあまりにも・・。

このアニメを見ている間、私はゲームの「ぼくのなつやすみ」の中にいるようだった。このゲームは何もしなくてもストーリーが進み終わってしまう。
アニメの技術は素晴らしい。しかし実写だったら見なかったかもしれない。

*写真はアマゾン 「風立ちぬ」DVDより