■きっかけ
最近、舞台とは無縁の生活をしている。
フィリップ・ジャンティの「動かぬ旅人」はTVCMで知った。2人の男が口にくわえたビニール片の様なものを相手に向かって飛ばし、口でキャッチボールをするような不思議なカットを見て興味を持ったのだ。
札幌市教育文化会館大ホールの入場口には、20~50代とみられる大勢の客が並ぶ。どんな舞台も観客層というのは大事で、そこにいる自分を鏡で見るような気持ちにさせる。
■ステージ表現
「動かぬ旅人」は、ダンス、手品、人形劇、短い歌とセリフなどによって構成されている。
またストーリーやテーマが存在することは感じられるが、それをはっきりとは伝えるための説明的な表現ではない。
しかしストーリーはわからずとも、最後には、身体表現の魅力と独自の発想によるパーフォーマンスの素晴らしさだけは印象に残るのだから、ステージとはこのようなもでいいのかもしれない。1時間45分、ほどんど出ずっぱりのダンサー7人の身体能力は相当なものだ。
映像を通して情報や娯楽を眺めてばかりいると、いつしか実在する人間や風景と、自分の身体との関係を忘れてしまいがちだが、同じ空間の中でリアルタムで展開されるステージ表現は、そんな関係を今一度思いだす機会を与えてくれた。
■トリック
映像は時間を切り貼りして現実以上にリアリティのある虚構をつくりだすが、ステージにも独特の虚構を作り出すテクニックがあり、両者の虚構の違いは編集されたものか、目の前で起こるものかという違いがある。「動かぬ旅人」の不思議さは、こういう「場を共有し自分の目で見ている。」という観客の心理をうまく利用している。人が紙の中から現れたり、消えたりという手品のようなトリックがふんだんに楽しめる。
■人形
人形の使い方には特に興味深いものがあった。人間の顔に造形したの幼児の体をつけて動かす方法や、120cmほどの男性人形を何人かで動かす方法などである。
小さな箱のなかで大人の顔を持った小人が動く、この小人が1回転するのでさらに驚く。これはダンサーにしか出来ないだろう。
男性人形の操作方法は、乙女文楽や「巨神兵東京に現る」の方法に似ている。しかし人形はダンサーと同じダンスをするので、その差から人形独特の気味悪さが生まれてくる。気にいった。
■「動かぬ旅人」の場面
音楽は軽く優しく、ステージは幻想的で美しい。子供から大人まで広い観客が見ることができる。
場面としては、紙の中から出てくる人、紙の中に消える人、赤ちゃんの誕生、箱の中の小人、航海に出る人、小さなビルの街、機械、砂漠、パラシュートなどの場面がある。
これを整理して記述するのはのは初見では難しい。しかしオリンピックのオープニングセレモニーのようにナレーションはして欲しくない。芸術はいくつもの解釈が成り立つ、という謎をなくすわけにはいかない。教えられてみるものではない。
■カテゴリ
表現は、狙いを決めるとこから始まるが、それは表現の枠組みを決めることでもある。そこに工夫を加える事と独創性が生まれる。しかしこれはあくまでもあるカテゴリ内でのことだ。
「動かぬ旅人」は、既存のカテゴリには納まらない。
フィリップ・ジャンティが見て欲しいのは、身体表現によるスピリチュアルなエンターテイメントではないだろうか。「動かぬ旅人」は、長い間、公演を重ねた中で生まれた豊かな表現のように思えた。
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