B-STYLE

[身近なモノの取合せで暮らしを満喫する]  [時の経つのを楽しむ] [偶然を味方にする] それらをBスタイルと呼ぶことにしました。

2013/03/20

犬の話

何年か前、「職場が移動になりました。」と挨拶に来た方に「暗い仕事になっちゃいましたね。」と軽く言ってみたら、「重い仕事です。」と返されて、恐縮してしまったことがある。

ブログやフェースブックを始めて気づいたのは、ここでは重い情報を流せても、を重い心情を持ち出すことは難しい場所なのだということだ。特に個人的なことは。

フェイスブックの記事は早く軽く短期、ブログは遅く重く長期というのが私の感想。共通部分は、半公的、半個人的なところ。この個人的部分を取ってしまったらフェイスブックでもブログでもなくなってしまう。ブログで重い内容をどこまで書くことができるか疑問だが、とりあえず書いてみる。

以下は他で起こった情報ではなく個人的な重い話です。マズイ! と思った方は他の記事へ。

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家で飼っている黒柴のモコがやっと回復した。重症だった。

2週間前、家で飼っていた黒柴のモコがおかしくなってしまった。1日の間に何度かヒキツケを起こしたあと、元に戻ったが吠え続け手に負えない。
その日は家内も私も仕事で家にいられなかった。面倒を見られないのでそのまま入院。

その後、私たちは毎日病院に通う。モコは噛みつこうとするのでエリザベス・カラー*を付けられていた。近づくことも出来ず非常に危険な状態になっていた。怯えて私に吠え続ける。記憶をなくしてしまったのか。

最初、病は病院で治ると思っていた。しかしモコには回復の兆候が見られず、私たち夫婦は何も出来なかった。また一緒に暮らすことができるのだろうか・・。先のことを考えると不安になり暗い気持ちになってきた。

いつも一緒に暮らしてきたモコが、いるべきところにいない。皿があるのに食事をあげる対象がいない。散歩の時間になってもすることがない。私達の生活に空白がうまれ、それがさらに心の不安を生みだしていた。

悪い時には悪いことが起こるというが、たまたま生活や仕事面でも細な問題が起こり始める。普段なら放って置けば良いところ、ついつい解決しようとして余計なことをしてしまうのでうまくゆかず、それがまた悩みの原因となる。こうして不安は雪だるま式に膨らんでゆくのだった。
じっとしているしかない。もしモコを家に戻せたら別の犬を飼うつもりで付き合っていこう・・。

モコの状態が変わったのは何日かしてからだ。病院で吠えなくなり、初めて家内の手から餌を食べ手を舐めたのだ。その時は奇跡が起きたように思えた。不安だったがそのまま家に連れて帰った。

モコは、やはり私たちや家のことは覚えていないようだった。全く違う付き合い方をするしかなかった。ケージに入れるのは無理だったので家の中で放しっぱなしに。こうして何日か経った。モコは食事をして次第に元気になっていった。しかし人間が犬小屋の中で暮らすのも難しい。柴犬は洋犬のように人なつこい性格ではないしモコは特に野性的だった。

しばらくして散歩中にフンやオシッコができるようになったのをきっかけに、玄関に囲いを作ってその中に入ってもらうことに。エリザベス・カラーも外した。それまで家の中がメチャメチャだったので、私たちは随分楽になった。

今、モコはほとんど以前の状態にもどっている。前の生活習慣を思いだしつつあるように感じる。散歩も普通にできるようになった。そして少なくとも私たちの辛い生活は一旦終わった。いろんなことがあった2週間だった。

追1:
ブログで「偶然を味方にする」とは言ってみたものの、やはり人には手におえないことはある。手におえないことをいくつも抱えると力が入ってしまい、時間にまかせる、人に任せるという判断ができなくなってしまう。そして自分の決断にも自信が持てなくなる。自分はもういい年なのに、年は関係ないんだなと思った。

追2:
「偶然を味方にする。」というポジティブな言葉は「転んでもただでは起きない。」と言うアグレッシブな意味を含んでいた。しかし今回のことで「転んでも起き上がることが出来れば十分。」という意味が大切だと感じた。

追3:
文章にするのは難しいけれど、口にだすのはさほどではない。私が辛かった時、話を聞いてくれた方が「犬の老いじたく」という本を送って下さった。嬉しかった。

*エリザベスカラーとは、手術、皮膚病、怪我などによる外傷を持った動物が、傷口をなめることで傷を悪化させることを防ぐ為の、半円錐形状の保護具。呼称は、16世紀イギリスのエリザベス朝時代に衣服に用いられた襞襟から来ている。(Wikipediaより)

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