B-STYLE

[身近なモノの取合せで暮らしを満喫する]  [時の経つのを楽しむ] [偶然を味方にする] それらをBスタイルと呼ぶことにしました。
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2015/07/21

本の処分 知はどこへ

本をゴミとして出すことにした。廃品回収の場所。

昨年「ご自由にお持ちください」ということで、ガレージ前に並べていた本(下の写真)。かつてはいろんな知恵を授かった本だが今後開くことはないと判断したものだ。

本を売らずに差し上げるというのは、本が、古本屋に二束三文で買いたたかれて持っていかれるより、別の出会いがあって欲しいという願いと、私も本を持って行かれて”人生という衣を引剥がされて蹴飛ばされたような気分”にならずにすむと思ったからだ。

しかし私はこのところ毎日三途の川の岸辺を散歩して、両岸の景色を見比べるような境地になっていた。
もしこの川の向こう行くのなら、どんな本を持ってゆくのだろう? 一方残された本は、自分がいなくなったら誰が読むのだろうか? などと考えたりするようになってしまっていた。

しかも本を残すためには、新たな本棚を制作する必要がある。誰も読まないかもしれない本のために・・。今の体力ではそれは無理。もっとバッサリと本を整理することにした。

たしかに所持している書物の中には思い出深いものもある。林静一の画集「紅犯花」(折り鶴、サイン入り)は限定1500部だったが、書店には置いてなくて渋谷の出版社を探してを訪ねていった。幻燈社は住宅街のかどにあるタバコ屋のような(というかタバコ屋)小さな店。居たのはお婆さんが1人。驚く。しかしこんな本の価値はあくまで私個人にとってのものだ。
(いい思い出付きの本はとっておくことに)

人が本に価値を感じるのは、強烈に読みたいと感じた時だ。気になった本が出てきたら地の果てまでも探しに行けばいい・・。 。どんな素晴らしいモノも、興味がなければ無価値だ。それが自然だと思えるようになってきた。

そんなわけで今ある本棚に収まらない本は処分することにした。

追記:
その後マンガなら少しはニーズがあるだろうと30冊を「ブックオフ」に持ってゆく。¥130だった。私の決意は決定的となった。

*昨年8月のガレージセール。始めたころの思いを記述している。
 


2014/09/10

札幌芸術の森美術館で「霧のアート」を味わう

これは札幌芸術の森美術館に設置された中谷芙二子の霧を発生させる作品。私は勝手に”霧のアート”と呼んでいるが、一般的には”霧の彫刻”と呼ぶようだ。
以前TVで彼女の作品をみて感動。一度見てみたいと思っていた。

今年、札幌ビエンナーレが開催され、この作品がやってきたので、ちょっとだけ体験に出発。

 
霧を噴射する仕掛け。奥から手前に全部で3ヶ所ある。というか、そういう演出になっている。意外だったのは噴射音。近くにいると聞こえる。リアリティがある。
(*iPoneの操作がわからないまま撮れてしまった映像なので、失礼)

何時頃見るのがベストか? と思ったが夕方にした。
真昼は雰囲気がないだろうし、夜はライトアップするというが、そんな”フォグ”は舞台やTVでさんざん見てきたし、やってきた。

私にとって、このアートの魅力とは日常空間で大量の霧が突然現れたり消えたりすること。そして超自然現象に出会ったような気分になること。
もちろん本物とは違う。しかし人工的な分だけ可愛らしさがあって好きだ。メロディックじゃない環境音楽も欲しいくらいだ。

霧の濃さは思った以上。2mも離れたら全く見えないところもある。とまどう。
すばやく霧隠才蔵(日本の古典的忍者ヒーロー)のポーズを取ることを思いついた。

帰る車の中で浮かんだのは、なぜか「シャボン玉兄弟」。でも中谷芙二子とシャボン玉の杉山兄弟の間を埋めるのは大変。今回はパスしとこう。


2014/08/07

サブマリン707 小沢さとる

昨年以来の入院生活。今回のビョーニン暮らし用に持ってきたのが「サブマリン707」(小沢さとる)全6巻。本の整理をしているうちに出てきたもの。カバーのイラストには、S.Komatsuzaki のサインがある。

この本(コミック?)、何度読んだかわからない。SFというより海洋冒険モノ。おおらかな国際関係。少年マンガの金字塔だ。ガレージにあったのでちょっとカビくさい。

2014/08/04

ガレージ前で その1: 古本をどうぞ

「ご自由にお持ちください」ということで、使わなくなった古い本を並べ始めて10日たった。これまで知人が漫画2冊と古本3冊を持っていった。
毎日休まずに置いているので並べ方もうまくなった(笑)。
ような気がして、昨日は写真をとった。
明日からは入院でしばらくお休みだし。

こんな1銭にもならないことをして何になるの? ともいえるが、要らなくなった本と言っても、思い出深いものや、1度も讀まなかったけど苦労して見つけ、今では手に入らない本もある。

通りがかりの方に「本はいかがですか」といってみたところ、
「万代*に売ったら」 といわれてがっかりした。
本を売ってお金が入り嬉しかったことは一度もない。人生という衣を引剥がされて蹴飛ばされたような気分になる。

古本は骨董品と同じで、その本を求める読者数で価格が決まってしまう。
古いというだけで引き取れないといわれたこともある。
本にとっては読まれるのではなく儲けるために買われてゆくほど哀れなことはない。

別に自分の価値感を押しつけようというのではない。ちがう価値感でひきとられるのは当然。しかし、ものをお金に換算してしか見ようとしない人間には本を渡したくない。

本の価値は個人的なもので、家族にとってさえ無価値なこともある。

*万代:北海道、東北を拠点とするリサイクル店。ゲーム、コミック、衣料などエンタメ・ファッション系の店。


2014/05/15

ギーガーの記憶

ギーガーが亡くなった。

私がギーガーを知ったのは、20代の頃だったと思う。
ギーガーは先端芸術やアカデミズムなどとは無縁の作家である。死を予感した肉体が物質化する快感を妄想し続ける作家である。その恐ろしさは一度見たら忘れられない。しかも強いスタイルを持っている。だから映画「エイリアン」の宇宙船、特に砲手を見た時、これってもしやギーガー? と思った記憶がある。

もう一つ、これは記憶が定かじゃないけど、角川映画「汚れた英雄」で背景の壁にギーガーの巨大画が使われていたような・・。
手前はプールだったような・・シーンのあった記憶がある。
間違っていたら申し訳ないが、こういうケレン味のあるセットは好きだ。

本物を見たのは渋谷のシード・ホール。「H・R・ギーガー展」。初めての本物! と期待。
しかしギーガーの絵は緻密で、しかもエアブラシ。印刷物を見るのと変わらなくて肩すかしを食ったような気分に・・。
たぶん私は原画にしかないギーガーの痕跡を見たかったのだ。気合を入れ過ぎてしまった。

次は白金台のギーガー・バー。
よくこんなものを思いつく日本人がいるものだと感心した。内装、調度品はすべてギーガー風。暗いせいもあって、ディズニーランドくらいのクオリティーは感じる。

天井は吹き抜けのような高さがあり空間は気に入ったが、柱や鴨居にアスベストが吹きつけられていて、なんとなく気持ち悪い。
時々どこからかドライアイスの白煙がでる。ワインを飲み、黒いソースのかかったパスタを食べる。ワインのラベルとコースターはギーガーの絵が印刷されていたので、お上りさんのように頂いて帰る。

当時、この店の評価に「なぜ映画のセットで酒を飲まなきゃいけないのか。」というのがあったが、まあ店全体が土産話づくりに一役かっていると思えばいい。
最近まで、映画「エイリアン」は6枚組DVDを持っていた。そのうち2枚はメーキングで、苦労話がタップリと味わえる。「エイリアン」誕生までには観客の想像以上の苦難があった。そこにはギーガーも登場し精力的に働いている。

この度、ギーガーの訃報を知って思い出したのは、この姿だった。

学生時代、ヨーロッパに行った知人から「ベルメールは、鳥のように覗かれるのを嫌がって人と逢おうとしない。ギーガーは病んでいる。」と聞いたことがある。しかしこのメーキングに登場するギーガーは違っていた。そこにいたのは実に行動的な作家であり頼りになるデザイナーだった。
一般的に退廃的な作品を作る作家は退廃的な生活を送っているように思えるものだ。しかしそれでは作品制作のような重労働はできない。
ギーガー然りである。

あらためてギーガーのご冥福をお祈りしたい。

そうだ、忘れていた。ギーガーに関するものといえば、PSのゲーム「ダークシード」と「ダークシード2」を持っていたんだった。ゲームの良し悪しは別として。

PSゲーム「ダークシード」:ギャガ・コミュニケーションズ



2014/02/21

「ビートルズの遊び方」 米澤敬

 昨年末送られてきた牛若丸出版の本。“オブジェとしての本”といううたい文句に違わず変な形の本。ビートルズのBの文字型になっていた。

著者の米澤敬は、「変」(2001)、「MINERALIUM INDEX」(1996)の著者である。また工作舎の編集者である。

本の内容は、ビートルズの音楽活動のエピソードに、著者がオブジェ(物/言葉)を持ちこんでからめ、気ままに遊んてみるといった形をとっている。
といっても何の事か分からないかもしれないが、たとえば、「林檎」の章では、エデンの園にはじまり、シュールレアリズムからアップルコンピュータまでをリンゴで関連づけ、「・・いずれにせよビートルズは、最後までリンゴについて歌うことはなかった。」といった風に締めくくっている。

この本は、ビートルズに対して著者米澤自身の、森、道、自動車、潜水艇などへの思いを結びつけることによって、ビートルズ世代の周辺にあったさまざまな事象を思い起こさせてくれる本である。楽しめる。


米澤さんとお付き合いのあったのは20年も前の事なので現在のご様子は知らない。毎年、六本木のマンダラで行なわれた牛若丸出版の出版記念パーティでヘビメタバンドのベーシストとして演奏していたことの方が記憶に鮮明。

2013/11/11

「頭文字D」しげの秀一 完結

この話、マンガ「頭文字D」(イニシャル・ディ)に興味のない方はとばして下さい。
初めて興味を持った方は「頭文字D しげの秀一」を参考にして下さい。
余談ですが、ツタヤで「頭文字D」のDVDを探してもらったら、ア行の棚にいき「頭文字D」(アタマモジ・ディ)はありません、という返事があったという逸話があるくらいのマンガです。


「頭文字D」が完結した。読んだのは単行本だけだが、札幌に来てからだから15年くらい読み続けた事になる。
当時、名前は忘れたが国道230号沿いにマンガ・インターネット喫茶というのがあった。(たしか料金は時間計算、飲み物は飲み放題だったと思う。)
子供を連れて行ってみたら、「バリバリ伝説(しげの秀一1980年代)」を見つけ、マンガの虫がうずいてしまった。そしてしげの秀一が執筆中だった「頭文字D」にハマってしまったのである。

そのうちあまり何度も読みにゆくので古本屋をまわって全巻を買い集めることに。
「頭文字D」は、しげの秀一のライフワークともいえる公道カーレースの青春マンガ。オヤジ話も出てくるので親しみがわいたのだと思う。

本屋で48巻を受け取り、「これで完結です。」と店員からいわれた時は気がつかなかったが、8年間もマンガが入荷した知らせをもらってきた。それも最後になる。もう少し感謝の気持ちを伝えられなかったのかと悔やんだ。その日はいろんな用事があって気持ちが散漫だったのだ。

「頭文字D」は、48巻で完結したが、連載誌ヤングマガジンではとっくに終わっていた。終わり方はネットでチラッとは知っていた。しかしマンガは読んでみるまで分からないものだ。単行本で読んでいると、話はこのところむずかしい方向に向かっているように感じられた。関わってきた走り屋達の人生感を整理するような・・。

最終レースでは何が起こるのか。時代遅れで非力といわれる車、ハチロク同士の対決。主人公と同じような天然系天才ドライバーとの戦い。しかもこの相手は主人公よりも若い。年上としか戦ってこなかった主人公、拓海のレース運びは? それらを、これまでの対戦相手達が見守る中で描きすすめなくてはならない。

これら3つの課題に対して、しげの秀一はどんなカタルシスを読者に用意しているのか。何度もレース展開を予測してみたが読めなかった。分かっていたのは主人公が勝利することである。

意外な勝ち方だった。結果だけを知りたい方は,不親切かもしれないが頭文字d 最終回を見て欲しい。
こんなことを言っても始まらないかもしれないが、最初は47巻と48巻(最終巻)を分けるべき箇所を間違えていると思った。最終巻は読み始めるとすぐに終わってしまうのだ。コース料理を頼んだのに、足りなくて追加注文をしたくなるような気分になった。そこでもう一度、前巻から読み返してみる。

レース展開や駆け引きについては納得できた。
しかしそれ以外の魅力がこぼれ落ちてしまったような気がした。特にキャラクターの魅力が・・。そのあたりが満腹感が得られなかった理由だと思う。

期待しすぎてしまったのかもしれない。最終巻の出る前、実は「バリバリ伝説」の鈴鹿4時間耐久レースを読みかえしていた。欲張りかもしれないが、”勝利の瞬間”にはあれくらいの華やかさが欲しい。勝者、敗者、スタッフの感極まるようなエンディングが。マイナーとはいえレースなんだから。

最後になりましたが、マンガが本屋に届くたびに電話を下さった店員さんにお礼を申し上げます。そして長い間「頭文字D」を楽しませて下さったしげの秀一先生に、感謝いたします。ありがとうございました。

2013/08/16

「目に見えない8月15日」 保阪正康

2013年8月16日の北海道新聞に、「目に見えない8月15日」というタイトルの記事があったので紹介しておく。執筆者はノンフィクション作家の保阪正康である。
この中で保阪は「目に見えない8月15日」としていくつかの史実や戦争への視点をあげている。

1.国は、国民の生命と財産を守るのが役目なのに、それを放棄し、すべて提供せよと命じた。
2.戦争は政治の延長であるとはいえ、政治の失敗が戦争に直結した。
3.戦争は非人間的道徳や規範の集積であり、それは平時の道徳とは逆転している。

そしてこれらが戦争体験者の心中や脳裏に刻まれている記憶であり、それを受け継ぐことが次代の者の精神なのだと語る。つまり8月15日には、国民一人一人が国に裏切られたという記憶を確認する日でもある、と言っているのだ。

戦争を未体験の私たちは、このことを忘れないでおこう。

2013/04/25

フランス映画「遥かな町へ」 原作は日本の漫画だった

ツタヤでDVDを選ぶ時は動物の本能のような嗅覚が必要だ。4枚に1枚ぐらいは当たる。フランス映画「遥かな町へ」を借りて見た。感動!
思春期にタイムスリップする中年男の話。

パリに住む漫画家が、気がつくと自分の故郷の町に来てしまうところから物語は始まる。そして母の墓の前で彼は少年時代にもどる。
家には亡くなる前の母、妹、家出する前の父がいた。思春期の少年に戻ってしまった主人公は、戸惑いながら自分の家族や友人達と過ごし始める。

あらためて過ごす思春期は新鮮だった。しかし主人公の心は中年男のままである。そのことを気づかれまいとする気持ち、元に戻りたいと思う気持ち、そして、のちに家族につらい思いをさせることになる父の家出の原因つきとめ、家出をを止めたい気持ちが描かれてゆく。

故郷の田舎町は郷愁を誘い、古い時代の車も観客を癒す。タイムスリップ物の定番だが再現されたフランスの田舎町は行ってみたくなるような雰囲気である。配役もしっかりしている。やさしく綺麗な母親、やんちゃな友人たち、憧れの少女など。そして美少年主人公の行動が物語を引っぱってゆく。

感動して見終わったあと、ネットで映画を調べて驚いた。原作は日本の漫画、谷口ジローの「遥かな町へ」だった! 谷口ジロー? さっそく漫画を注文。読んでみた。

最初は映画の印象が強かったのでなかなか原作に入り込めなかったが、しばらくして谷口ジロースタイルに慣れてくる。いい話だ。そこには映画の短い時間では語れないディテールが日本人らしい語り口で丁寧に描かれていた。

連載漫画には全編を何ページで終了などという制限がないので作者の思うように描き込める。時には寄道のような展開があり、そこからゆらめきのような物語が生まれる。それがフランスで気に入られているのかもしれないと思った。もちろん才能あってのことだが。

一方映画の脚本は上映時間に制限がある。読切の漫画に近い。連載漫画のエピソードをすべて盛込むことなど不可能である。確かに物語という点では原作の漫画のほうが分かりやすいし説得力もあった。

しかしこの映画、独自の視点がある。それが設定や物語の変更につながっている。

・主人公     映画:漫画家(アーティスト)原作:設計士(自営業)
・主人公の住まい 映画:パリ         原作:東京
・主人公の故郷  映画:フランスの田舎町   原作:日本の田舎町(倉吉)
・お祖母さん   映画:一人暮らし      原作:家族と一緒

タイムスリップへの導入、父らしき男とすれ違う場所なども違っている。思春期エピソードには、漫画には無かったシーンがある。少年と中年の主人公が同時に出てくる場面まである。これらはサム・ガルバルスキ監督の独自の表現方法であると同時に、フランスと日本の倫理観や人生観の違いのようにも思えた。実はこの映画、日本版だったら気持ちが悪いと思って見ていた。

この作品、映画も漫画もどちらもいい。
映画は、もっとテーマを強く出し、シンプルに物語を展開するハリウッド的手法もあると思うが、それをしないのがヨーロッパと日本のゆらめき文化だと思う。
できれば両方を鑑賞して2つの文化の共通点と違い、監督と漫画家の感性の違いを味わってほしい。

2013/02/07

この村は自動車の鍵も家の鍵もかけていなかった 新藤ブキチ


年に何回か、ガリ版印刷(謄写版印刷)の新聞「日本一つまらない超日常新聞」が送られてくる。発行はブキチプロダクション。空に「書」を書いている前衛書道家、新藤ブキチさんが刊行している新聞99号。「ガロ」的世界が満載。この中にいい記事があったので紹介する。


「学生の頃、チャリンコ旅行をして佐渡の赤泊に行った時、この村は自動車の鍵も家の鍵もかけていなかった。

自動車の鍵をかけなくても、赤泊から新潟に行く船は一日一回なので車が盗まれることはないと民宿のおばさんに聞いた時、軽いカルチャーショックを受けた。

まだ東京暮らししか知らない私は何ていい国だろうと思った。赤泊はバス停でなくても老人が手をあげればバスが停まっていた。」


この記事は、ブキチさんが憲法9条について書いた文章の中の一部。ブキチさんとは一度しかお会いしたことが無いが、私と同じくらいの歳なので40年くらい前のエピソードだと思う。

ブキチさんについての情報はこのあたり。




2013/01/20

人生はSFだ 荒巻義雄


「人生はSFだ」(2013年1月1日初版)は、北海道のSF作家、荒巻義雄が作家としてのバイオグラフィーを通じて、自身のアイデンティティを探りながら、独自の発想方法による今後の抱負を語っている。

荒巻義雄のSF小説は数冊しか読んでいない。漫画もわずか。しかし荒巻義雄ほどの「センス・オブ・ワンダー」を持つ作品には出会ったことがない。特に荒唐無稽さにおいては他の追従をゆるさないだろう。この本は、小説ではないが、荒巻義雄の発想の飛躍力というか、知の航海術というか、自由奔放さの原点を知ることができる。

また札幌で作家活動を続けることの意義にもふれている。今日ではなかなか持つことの出来ない創作の姿勢は、たとえ成功者の言葉でなくても感動を与えてくれる。

「最近は、作家になってもいつでも本が出せる時代ではありません。たとえ世間に受け入れられなくても、書く必要のあると確信したものを全力で書くのがプロです。出版できなくても、死後に誰かがよめばいい。」

また守護霊について、「思う者がいれば、思われた霊は、その思う人のなかに同居するのではないでしょうか。迷信とかそういう話ではなく、人間の持つ能力というか、まだまだ多くの秘密がわれわれにはあるように思います。」と語り、作家としてだけでなく荒巻義雄の人間性を感じることができる。

最後に80才近いこの作家は、今後ぜひ書きたいテーマとして「われわれはどこから来て、どこにゆくのか。」という命題を挙げる。それは、かねてから抱いていた古代文明の解釈に結びつく。そしてこの仮説がまさにセンス・オブ・ワンダー荒巻流なのである。


荒巻さんには、時計台ギャラリーで展覧会をさせていただいた際、数回お会いしました。
その頃は、ギャラリーのオーナーであり有名なSF作家ということ以外は知りませんでしたが、図々しい私は、作品をさし上げるといってオフィスに通してもらい、本を何冊かいただき、お寿司までごちそうになってしまいました。多分覚えていないと思います。

同じギャラリーでアニメーション「PEOPLE AND BALLS」を上映した時には「これはロボットだろ。」と、話しかけてくれました。これも多分覚えていないと思います。

当時、荒巻さんは60才ぐらいだったと思います。すでにコンピュータを使っていて、よく使う文章を登録しておいて小説を書いていると話してくれました。これはまったく覚えていないと思います。そんな関係ですが、今回「人生はSFだ」を送って頂きました。感謝です。

以下が、荒巻義雄の主な作品。
「柔らかい時計」「白き日旅立てば不死」「神聖代」「エッシャー宇宙の殺人」
「紺碧の艦隊」「旭日の艦隊」などのシリーズ漫画
私が読んだのは「響かん天空の梯子」「ゴシック」。

小説は、多数出版され、海外でも翻訳されいます。
昨年は、詩集「骸骨半島」で北海道新聞文学賞を受賞。

荒巻さんの作品はSF作家の枠にはおさまりません。世界第一級の怪人だと思っています。
「人生はSFだ」は、”怪人の秘密”みたいな本です。




2013/01/06

頭文字D しげの秀一


しげの秀一の漫画、頭文字D(イニシャルD)第46巻を読む。

■嬉しいこと
年に2回、すごく嬉しいことがある。東光ストアの書店から「”頭文字D”が入りました、とっておきますか?」と電話がくることだ。注文してもいないのに。

多分8年前にこの書店で「頭文字D 」の発売日を聞いたことがあり、一度だけ入荷時に連絡をもらったからだと思う。以後、注文したことはない。

連絡後、すぐに漫画を取りに行ったことがないので電話主には会えないが、今も同じ方が働いているのかもしれない。注文をしてないのに連絡してくれるなんて。昔のよき時代に戻ったようで嬉しい。計算すると16回になる。

この店員(40才代の女性)と話した時のことは忘れられない。この漫画を掲載している雑誌、掲載回数まで知っている。とても彼女が読むとは思えない漫画の事をどうして知っているのか不思議でならない。図書館の司書のように本の中身を知っており、読者の心理を心得ているなんて、素晴らしいことだ。

■ストーリー
この漫画については、下手なことを書くと炎上してしまうので、サラッとまとめておく。

群馬県の田舎町。峠のカーレースに夢中になっている若者たちがいる。彼らの乗る車は、一昔前のライトウエイトスポーツ。現代の車からすれば非力だが、この車をチューンしてドライブテクニックで峠最速になることを夢見ている走り屋たちである。

主人公の藤原拓海は豆腐屋の息子。車で豆腐の配達をさせられてきたおかげで、友人と違い運転にはまったく興味を持てないでいた。しかしあるきっかけからレースを引き受けるはめに。

レースに勝った拓海は走り屋に開眼する。豆腐の配達で養った経験と、かつての走り屋である父、文太のアドバイスにより下りレースの頂点に立つ。そしてライバルの啓介とともに、公道レース関東制覇の夢に挑む高橋涼介のプロジェクトDに参加するのだった。多くの峠のバトルを通じてナイーブな主人公は成長してゆく。

何十回読んだかわからないが、この漫画を読むとコンセントレーションが高まる。力をもらえる。「バスプロのスーパーバッシング」のラリー・ニクソンの記事と同様、私のバイブルだ。*

■社会現象
45巻までの発行部数は4700万部。アニメ化、映画化、ゲーム化されている。
貧しくても購入できる中古車をチューンナップして、自分のテクニックで高価な高性能車の挑戦を退けレースで勝利するという設定は、多くの若者と中年層に夢と希望を与えた。アメリカでも人気がある。

主人公の乗る車は1980年代に発売されたライトウエイトスポーツ、トヨタ・スプリンター・トレノ(マニアの間では、ハチロクと呼ばれている)。現代の車にはない魅力、それは軽さ、シンプルさ、後輪駆動によるドリフトである。

漫画は、多くのハチロクファンを生み、ハチロクの中古価格は上昇、ハチロク専門店まで出現する。漫画の中でレースのあったコースは、Googleマップにものっている。もちろん現実世界でこの車が現代の車に勝てるとは思わない。

そしてとうとう昨年、トヨタが、ライトウエイトスポーツの血筋としてFT86の生産販売を始める(スバルと共同開発)。この車が本当にハチロクの後継者かどうかは疑問だが、時代がまるで違うのでしかたがないだろう。「頭文字D」のハチロクの血筋を引いた車が出現するには、時代が変わる必要があるのかもしれないが、それはともかく漫画が製品を生み出した、あるいはきっかけを与えたことは確かだ。



(ヤンマガKCコミックス/講談社)

*「バスプロのスーパーバッシング」著者:内藤裕文   出版社:(株) ソニー・マガジンズ




2013/01/03

PEEK-A-BOOK(ピーカブックーたのしい知識ー)  松田行正

毎年年末になると、エディトリアルデザイナーの松田行正から新刊が送られてくる。
今回は、PEEK-A-BOOK(ピーカブック)ーたのしい知識ー)。

古今東西の知識は、松田フィルターを通し、図化、ダイアグラム化されコレクションとなってゆく。知を遊ぶとは、まさにこのことだ。

この遊びが映画「2001年宇宙の旅」のモノリスと同じ比率の本に収められているのだからシャレている。パンドラの箱と玉手箱、サイボーグ009顔、3つ並ぶ文字、神と母を潜ませたゴジラとモスラ、・・・150項目。透明なビニールのブックカバーも斬新。

牛若丸出版は、創立以来オブジェとしての本を発刊し続けてきた。
出版物は店頭に置かれる期間は短い。創立当時でさえ3ヶ月が最長だったほど。今はもっと短いだろう。しかしインターネット販売は流通や販売システムを大きく変えた。「10年かけて売ればいい。」とは、以前、松田行正が語っていた言葉だ。

タブレット端末で読書をする時代、書店はオブジェショップになれるのか?
そんなことを感じさせる一冊だ。


2012/09/01

庭園に死す 野田正彰



ふと風景が気になった時、こんな本はいかがだろうか。
野田正彰著「庭園に死す」は、人間の精神形成に於いて景観体験の重要さを挙げている。

「風景という刺激は精神の形成にとってそんなに大きな役割を占めていないのであろうか。眼を醒せば必ず飛び込んでくる風景が、家族との人間関係ほどにも私たちの精神に影響を持っていない、と考えてよいものだろうか。」
「風景はこれほどまでに人間の精神を形作っているのに、なぜ地理学的にしか分析されてこなかったのだろうか。」(野田正彰著「庭園に死す」序 庭園と精神との対話より)

野田はこの本で、庭園とは人間が採集狩猟生活を失ったのち、楽土(パラダイス)を求めて人工物を作ろうとする行為であると考え、訪れた庭園について語ってゆく。
良く知られた庭園から都市景観まで136箇所。いい本だ。

我々の生活は、採集狩猟生活>農耕社会>産業革命>情報社会と変化して来た。築いてきた文明社会に適合する為に、人間は多くのものを身に付けなくてはならない。それは当然かもしれないが、その負荷は少なくない。そんな事を考えた時思いだすのは「パパラギ」(エーリッヒ・ショイルマン著)。「パパラギ」の語り手、酋長ツイアビの文明批判はとくに厳しかった。

なぜ文明批判を持ち出したかと言えば、私には「庭園に死す」は、「文明社会やその社会に適合する為に人間が身につけたもの」が、楽土(パラダイス)に於いては役に立たない、と言っているように思えたからだ。

*「パパラギ」は、実話ではなくフィクションだったという事がわかり急に話題に上らなくなってしまった。「木を植えた男」にも「パパラギ」同様の問題があったが、フィクションとして評価されている。

岡崎 照男 訳  立風書房




2012/08/07

モンス・デジデリオ画集 谷川渥


ある日、ライブラリーを散策していると、おもしろい本を発見した。幻想建築の画家(カタストロフィーの画家、崩壊の画家とも呼ばれている)「モンス・デジデリオ画集」である。表紙の印刷には、金インクをふんだんに使い、画布に塗られた絵の具のひび割れをあしらい、扉の前には透かしのある紙を使って、タイトル名が朧げに見える凝った造本がされている。この出版物にかける意気込みが伝わってくる。開いてみると、初めてみるデジデリオのカラー図版である。すぐに借りて研究室に持ち帰った。

モンス・デジデリオの絵に初めて出会ったのは30年前、学生時代である。澁澤龍彦の著「幻想の画廊から」美術出版社(何とシルクスクリーン印刷の表紙)に、マックス・エルンスト等とともに偏愛的画家として紹介されていたものだ。本には、スワンベルグやゾンネンシュターンを含む日本で初紹介となる画家達がいて、モンス・デジデリオもその1人だった。図版はモノクロだったが、初めて見た画風の不思議な印象は、今でも鮮明だ。以下は澁澤の紹介文の一部である。

「廃虚とか、人の住まなくなった町とか、荒れ果てた城とかというものは、不思議に私達の心をゆさぶる悲哀感、ノスタルジア、あるいはまた、激しい不安感をひき起こすもののようだ。幽霊が人間の廃虚だとすれば、こうした廃虚は、いわば建物の幽霊ともいうべきものだろう・・・(中略)この不安の表現にたくみな画家は、夕暮れをあらわす薄墨色の暗い地の上に、しばしば金茶色と黄色と白で、まるで劇場の舞台装置のように複雑な、レース飾りのように繊細な、宝石のようにきらびやかな、誕生日のお菓子のように幾層にも積み重なった、豪奢で壮麗な建物を描き出す。(以下省略)」

余談だが、思い込みというのは滑稽なもので、私は、モンス・デジデリオの事を、正体不明の凄い作家なので「モンスター(怪物)デジデリオ」の意味でそう呼ばれる事になったのだと、30年間思い込んでいた。ところが今回この本を読むと、モンスとは、フランス語のムッシュのナポリ訛りで「・・さん」の意味だと書かれている。驚いて、ふたたび家にある「幻想の画廊から」と、「迷宮としての世界」グスタフ・ルネ・ホッケ著/種村季弘・矢川澄子訳を読み返してみると、すでにそのように記述されているではないか(笑)。

モンス・デジデリオのおもしろさは、絵だけではない。素性が謎なのである。16世紀後半から17世紀前半にかけて、モンス・デジデリオの名のもとに制作された絵が存在する事がわかったのは、20世紀になってからの事だ。現在知られているのは、ディディエ(イタリア語でデジデリオ)・バッラ、フランシス・ド・ノームの2人の画家が、ナポリの同じ工房でモンス・デジデリオ名で制作した可能性が高い事、しかもその特徴を描いているのはフランシス・ド・ノームという事である。

ライブラリーで出会ったカラー版の「モンス・デジデリオ画集」リブロポート出版は、谷川渥の解説となっている。30年の歳月は、モノクロをカラーに変え、解説者を変え、出版社を変えたのである。

内容の点でも変化はある。「モンス・デジデリオの絵には、いかなる意味においても始源への志向性はない。もとよりノスタルジーも、またいかなるロマン派的感情の喚起もない。廃墟画の時間性が過去完了的であるとすれば、モンス・デジデリオの時間性はあくまでも現在的である。建物は、何の脈絡もなしに、ただそこにある。ただそこにあって崩壊を蒙っている。」との谷川の見方は、澁澤の見方とは違っている。皆さんはどちらがお好きだろうか? 

 さて21世紀ともなると、こんな画家が出てくる可能性はあるのだろうか。インターネットやDVDの時代に、素性のわからない画家が存在できるのだろうか。またそれはどんな価値をもつのだろう。そんな事を感じさせてくれる1冊の本でもある。(敬称略)
(札幌市立高等専門学校「ライブラリーちょっとした話」)



2012/08/06

デザインと小説「マサカヤ亭奇譚」


20代の後半、私は幼児教育番組の仕事をしていたが、夜は近所のスナックで漫画雑誌を読むのが日課だった。学生の頃、将来は白い壁とコンクリートの床を持った小さな工房で人形やオブジェを制作しながら人生を送ることを夢みていた。しかし仕事に追われ、次第にそんなことが実現できるとは思えなくなっていた。

作りたい作品、やってみたい企画、世の中に存在したら面白いものなどをノートに書き溜めていたが、時間が実現の可能性を蝕んでいくように思えてきていた。誰にでもあることだが、私は自分の将来について悲観的になっていたのだ。小説を書きたいと思ったきっかけは、文章でなら考えてきたことを残せるのでは、と思ったからだ。30代半ばに出版した「マサカヤ亭奇譚」は、そんな風にして書き始めた。

最初に思いついたのは、ますむらひろしの漫画「アタゴールの森」のようなユートピア小説である。人々の集うレストランがある。このレストランの名物は、木や石から作られた料理とネコとサルの間に生まれた不思議な生物だった。レストランのモデルは、もちろん近所のスナック「リオ」。練馬区上井草の外れにある小さな店で、工員や出稼ぎ労働者、フリーターなどが主な客であり、愛想のない女主人が経営していたが、この店の活気のなさが気に入っていた。

木や石から料理を作るという発想は、「木はセルロースという繊維から出来ているが、これを食べられるようにする物質があれば授業机でも食べられる。」と、高校時代の化学の先生が話してくれたからだ。店があるのはアジアの小さな島国の首都「ハレルウ」。山に囲まれ海に面した町。中央に川が流れている。この地形は、私の生まれた静岡市を意識している。

主人公は画家を目指す少年なので、モチーフとして建築、絵画、音楽、装置など様々な芸術作品を登場させている。レストラン、洋品店のメニューにはシュールレアリズムへのオマージュがある。例として美術史に出てくる芸術作品を多用したのはユイスマンスのデカダン小説「さかしま」の影響かもしれない(笑)。これらのモチーフは、私の実現したかったものであったり、失われたものへの憧憬であったりして小説の特徴となっている。構成はレストランを中心とした第1部、物語が展開する第2部、後日談の第3部からできている。第3部は物語に完結性を与えるために何年か経って追加したものだ。

最初は登場する変人奇人、珍品について書けば面白い話ができると思っていた。しかし書き続けてゆくうちに、小説には感情や心理描写も必要で、大きなうねりを持ったドラマがないと話が進まないことに気づき始めた。エピソードやモチーフを文章化しただけでは物足りないのだ。当然である。この私の小説に対する楽天さについて話すと、ほとんどの人が呆れた顔をする。だから時々わざとこの話しを持ち出すことにしている。小説は、当初考えたものとはずいぶん違ったスタイルに変化していった。出来上がった原稿は、詩人、デザイナーなどに見てもらった。出版できたのはそれなりに好感を持ってくれたからだ。

小説を書いてみて感じたことがある。小説表現がすぐれている点は人間を語れることである。そして人間を語ることで社会や文明についても語ることができるのだ。一方、モチーフである芸術作品の文章化は、当初考えていたより難しく思えた。それは文章がいろんな視点から芸術作品を記述できるからだ。例えばゴッホの絵は、科学がもたらした印象派技法の絵画といえるし、チューブ入り絵具の発明による野外写生画、遠近法から開放された絵画と書くこともできる。またそんなことは気にせず、感性の趣くままに描いた絵、温かい絵、激しい絵といっても違和感はない。これらすべてを記述してもかまわないだろう。

だが芸術作品が小説に登場する場合は、物語を進めるための何らかの役割を持っている。登場人物と同じなのである。私はそれを主人公に近い視点から記述する必要があった。またこの小説は、書きたいことを次々と書いていったので、しばらくの間、終わりが見えなかった。完成後だったが、あるTVディレクターがプロットを作ることを勧めてくれた。プロットは構成や計画であり小説のデザインにあたる。

良い事を教えてもらったと思い、その後は何本ものプロットを書いてみた。しかし意外にもプロットがあれば物語が出来るというものではなかった。小説を書くにはドローイングのような感覚的行為が必要だったのである。ノリといっても良い。記述にノリがないと小説は冷めた料理のようになってしまう。どうやってノリを生み出すかはなかなか難しいが、デザインとドローイングは理性と感覚の関係にあり、芸術作品を生み出すためには両方とも欠かせない。

さて小説を書いて自分の考えていたことは実現できたのかということになる。私の書いた小説は、絵に例えれば12色の色鉛筆で描いた絵のように素朴なものだが、「世界観は表現できた。」と言っておきたい。またこの本は金箔張りの表紙やグリーンの紙を使用するなど、オブジェとしての本を作りたいという私の願いをかなえてくれた。若気のいたりで、あとがきに謝辞がないが、出版に導いてくれた松田行正に25年経った今、新ためてお礼をいいたい「ありがとう。」と。(札幌市立大学付属図書館ニュースレター「のほほん」 2011/2月)