■昨年亡くなった母が書いていた育児日記が、実家から送られてきた。兄弟4人分、私の部分はPDFで23ページあった。私を出産する前日から、生まれて1年あまりの間に感じたことが綴られている。
母がなぜ日記を書こうとしたか? それは自身の喜びであったり、嫁いだ望月家の環境のせいかもしれないが、物書きが得意でもない母があえて書いたものだ。何かはっきりとした理由があったことは確か。
この日記の存在は妹だけが知っていた。「生前に母から読ませてもらったので、私もマネて育児日記を書いた。」と話してくれた。女性が母になる時は、娘を産んでおくことが幸せの1つだ、と思った。
きっと日記を息子たちに見せるつもりはなかっただろう・・。そんな風に思えた。だから遺品として読めたのはよかったかも知れない。
■それにしても60代半ばを過ぎて、病で人生の出口まで行ってきて、初めて自分の人生の入口を知るというのは不思議な体験だった。
現在の私は、母の育児日記に登場する赤子とシンクロするところがある。
気づいたのは、身につけた知識や技術を整理し、必要のなくなった体験や記録を処分し、体のことだけを考えて暮らしていると、67年前、自分は、寝たり起きたり、泣いたり笑ったりするだけの、人というDNAをもった生物にすぎなかったのだ、ということ・・。
もう一つ、日記を読んで驚いたのは、60代になってしまった私が、自分の娘のような年の母の感情を知ってしまったこと。写真では味わえない、なんとも言えない気分になった。
■同時に送られてきたのが小学校から高校までの成績表。これには興味がなかったが、母の想い(願い?)を感じたので今は神棚に。
日記も成績表もまもなく処分する予定。私の”バック・トゥ・ザ・フューチャー第1話”は終わった。
B-STYLE
[身近なモノの取合せで暮らしを満喫する] [時の経つのを楽しむ] [偶然を味方にする] それらをBスタイルと呼ぶことにしました。
2015/08/24
2015/06/10
浅川さんから送られた本「病床のつれづれ草」
1ヶ月前、3度目の入院を終えて家に帰ると、浅川さんからこんな本が届いていた。
*注)浅川さん:(高専時代の先輩教員。教育職はリタイアさせてもらったので、同僚に対して自分の恩師でもないのに「センセイ、センセイ。」と呼び合う習慣は意図的にやめています。
もちろんブログに記事を載せている方々はリスペクトしています。)
「病床のつれづれ草」は、浅川さんの入院中に感じたことを綴った個人的な書籍。小さな可愛い本で章も短く質感も気に入った。今の自分が読むのには丁度いい内容と分量だった。
内容はタイトル名の通り。
年をとってからの入院とは、帰ってくるかどうかもわからない宇宙船に乗った旅にちかい。身の回りのことや、過ぎ去った人生のことや、自分の理想についての思いが語られている。
私達は教育の場に長くいたが、浅川さんは英語、私はデザインと、担当が違ったため、組織運営や教育研究全般についてご一緒させていただいた覚えがある。特に私は浅川さんが芸術やデザインについて、その外側から愛情を持って見つめてくれていたように感じていた。
「病床のつれづれ草」は、これまでリタイヤした教員が書いたデザイン論や芸術論とはひと味ちがう部分があって、そこが楽しめた。
浅川さんは札幌で知った人の中でもっともジェントルマンであると思っている。
この本、何部発行されたのか。誰に対し書かれたのかは不明。書店に置かれているとも思えない。ビョー人同士が霊感で引き寄せあって私のところにやってきたのかもしれない。私への励ましの一冊と勝手に感謝して読ませていただいた。
*注)浅川さん:(高専時代の先輩教員。教育職はリタイアさせてもらったので、同僚に対して自分の恩師でもないのに「センセイ、センセイ。」と呼び合う習慣は意図的にやめています。
もちろんブログに記事を載せている方々はリスペクトしています。)
「病床のつれづれ草」は、浅川さんの入院中に感じたことを綴った個人的な書籍。小さな可愛い本で章も短く質感も気に入った。今の自分が読むのには丁度いい内容と分量だった。
内容はタイトル名の通り。
年をとってからの入院とは、帰ってくるかどうかもわからない宇宙船に乗った旅にちかい。身の回りのことや、過ぎ去った人生のことや、自分の理想についての思いが語られている。
私達は教育の場に長くいたが、浅川さんは英語、私はデザインと、担当が違ったため、組織運営や教育研究全般についてご一緒させていただいた覚えがある。特に私は浅川さんが芸術やデザインについて、その外側から愛情を持って見つめてくれていたように感じていた。
「病床のつれづれ草」は、これまでリタイヤした教員が書いたデザイン論や芸術論とはひと味ちがう部分があって、そこが楽しめた。
浅川さんは札幌で知った人の中でもっともジェントルマンであると思っている。
この本、何部発行されたのか。誰に対し書かれたのかは不明。書店に置かれているとも思えない。ビョー人同士が霊感で引き寄せあって私のところにやってきたのかもしれない。私への励ましの一冊と勝手に感謝して読ませていただいた。
2015/04/20
とれたてのタケノコ
■静岡の実家からタケノコが届いた。
毎年、母が札幌に送ってくれていたが、昨年亡くなってしまったので、「今年からタケノコはなしだね・・」と家内と話していたところだった。
送ってくれたのは弟、タケノコはこの季節しか味わえない風物なのだ。かつては母と子どもたちでワイワイとタケノコ掘りにいった。背負い篭いっぱい採って帰ると、八百屋に売ったり、庭に並べて近所の人に買ってもらったりしていた。
北海道の山菜採りとはちがって竹薮は先祖から伝わる私有地。当時わが家は兼業農家だった。
この竹薮がいつからあるのかは知らない。家康の時代からあったのかもしれないし、それ以前かもしれない。竹はもともと中国からの帰化植物なのだ。もっともそんなことを思うのはこの年になったからだ・・。
■実際のタケノコ掘りはけっこう大変だ。おぼえているのは竹薮に出かけた時のこと。
山のふもとに自転車を止める。そこからは刃の細いクワをもって50センチ幅ほどの山道を登ってゆく。
途中に精神病の療養所があり、なぜか豚を20頭ほど飼っていた。スゴい臭いだ。スゴい鳴き声だ。広い庭には放し飼いの犬が10頭ばかり走り回っている。時々こちらに向かって吠える。
15分ほどで竹薮に到着する。
40センチから70センチぐらいのタケノコが何本か見える。絵に描いたような立派なタケノコだ。しかしこれは食べられない。成長し過ぎである。
めざすは地面に積もった笹の葉の盛り上がったところ。葉をどけると、5〜10センチほどのタケノコの先が顔を出す。その周りの土を刃の細いクワを使って掘るのだ。
タケノコの周りには成長した親竹同士を結ぶ硬い根が張っている。しかもこの竹薮は40度くらいの急斜面にあたった。立っているだけでも容易じゃない。
見つけるカン、掘り起すテクニックの両方が必要だった。
■タケノコは、皮をむき米ぬかでゆでてアクを抜く。ゆでる時には独特の匂いがあって子どもには苦手だったが、楽しみは残った皮から作るおやつ。
まずはきれいな皮を1枚を選ぶ。皮の外側は短い毛で被われている。この毛をを包丁でこすって取り去ったあと、ツルッとした内側に梅干の果肉いれて包む。ペタッとしたチマキのような形になる。これで完成。
タケノコの皮を噛んでいるうちに皮を通して梅干の味がシミ出してくる。皮はそのうち赤く染まってくる。
とれたてのタケノコは特に匂いが強い。先端は柔らかいがコシがあり、根元は硬いのにサクッとした歯触りがある。この味わいがわかるのは大人になってからかもしれない。
いくら保存方法やデリバリーが進歩しても、とれたての味にはかなわない。病室で、しかも食事制限中だったので、タケノコは、ほんのわずかだけ刺身として口にした。
2015/04/13
ビルの10Fからみえる札幌の景観3つ

9:00 雨が降って霧がかかるとこんな風。

朝5:00。陽が昇りだす。これが夕陽だったら映画「ブレードランナー」のタイレル社からみえる都市の色。といったらオーバーだろうか。
そういえばマンション暮らしの患者と話したことがある。なぜマンションかといえば、夜景がキレイで部屋から花火大会を見られるとのこと。
「へえ~」と思ってしまった。
札幌の市街地ではマンションが増え、逆に住宅地では過疎化がすすんでいる。
マンション住まいは、お金を払えば建物の管理はしてくれるので高齢者にはありがたいが、私には空中の居住権が売買され、そこで寝起きをして一生をおくるなどSFの中だけで十分。
集合住宅の歴史の長い西洋人と違い、自分が日本人だと感じる瞬間でもある。
一昨年の秋と比べると興味深い。
*「札幌中心街から見える紅葉と朝焼け」
2015/04/11
風呂屋話の続き
■国道230号の「菊美湯」の中ってこんな風じゃないだろうか?
(*「菊美湯」のことは、前の記事「国道230号で」にありますが、読まなくても今回の内容はわかります。)
実はここ、病院にある患者用風呂。湯舟は石造り、湯温、湯の量も満足。番台はいないので、洗面器とタオルを持っていけば患者でなくても入れそう。
これがタダなんだから札幌のちょっとした穴場だと思う。
なんて思っていたら、昨日イヤに元気な方が脱衣所にいた。しかも若い。
医師? そんなことはないだろう。
湯舟につかっているところを見ると肩に刺青がある。あやしい。本当に患者なんだろうか? おとなしい高齢者ばかりの中でただ1人目立っていた。
■刺青といえば、むかし新宿歌舞伎町の裏にあった銭湯では刺青をしたそのスジの人たちばかりだった。湯舟では若い米国人がはしゃいでいた。つい隣の女湯の方も同じなのかと思ってしまった。
バイト先が近かったのと知り合いもいたから入れたけれど、一般の人がリラックスして入れるような銭湯じゃない。そこには独特なテルマエ・ジャパンがあった。
独特というのなら病院の風呂もまけない。何しろ病魔とたたかう高齢者ばかりなのだから。
こっそりとテルマエ・ホスピタルに潜りこむ勇気のある方はどうぞ。
2014/12/29
今年を振り返って 2014
これまで1年をふりかえるなんてことはしなかったけど、今年は札幌に来た時と同じくらいいろんなことがありました。しかも退職したので、感じたり考えたりする時間がもてています。雑感パラパラ、あっさり(どこが?)と。
■病のおかげ
去年の10月、三途の川の手前まで行きましたが、迷子になってこの世に戻ってきました。
あちらではなにも見えませんでしたが、海外旅行からもどった時のようにまわりが違って見える時期があったことはたしかです。
親友の"酒くん"、"タバコくん"と、一緒にもう1度川を見にゆこうか迷いましたが、親友にサヨナラを。
■退職って
3月31日、札幌市立大学B棟。「小学校を卒業するような気分です。」が、お別れの挨拶。正直言ってあんな晴々とした、開放的な気分で職場を去ることになるとは思いませんでした。
それまで、すごく緊張感を持って仕事をしてきたのだと思いました。不満もあったんだと思いました。そして実は充実した日々を過ごさせてもらったんだな、とも思いました。
お世話になった皆さん、見送ってくれた大勢の方々に感謝の気持でいっぱい。
■リハビリはつづく
病院を退院して1ヶ月たったころ、急に体力がおちて両手が効かなくなってしまいました。おかげで研究室の片付けは、ゼミ生に手伝ってもらうはめに。
その後もなかなか体調は戻らず、内科に通院の日々。"ふじの整骨院"の本間先生には心身ともに癒されました。
8月には2度めの入院。このあたりから病身とつきあうコツをおぼえたように思います。現在の回復度は65%ぐらい。
■母の死
9月末、静岡の母が90才でなくなりました。これで両親ともに亡くなったわけですが、今になってみると自分が先でなくて良かったと思います。
実家、静岡への旅は体力に不安がありましたが、行ってこれて自信がつきました。またその後、つきものが落ちたように元気になりました。母の最期のプレゼントだったかもしれません。
■TV
錦織の活躍でWOWOWに加入してしまいました。WOWOWは視聴者に媚びていなかったり、再放送が多かったりで、思っていたのと違い、ずっとマイナーな放送局。気に入りました。
また、これまでリアルタイムでTVを見ることがなく、録画ばかり見ていましたが、今年は録画せずに放送時間に番組を見るようになりました。TVが、視聴者の生活のリズムになっていることを知ったのは新しい発見です。
■昭和は去りゆく
俳優の高倉健さんが亡くなりました。年をとってみると、自分の人生を豊かにしてくれた方々がこの世から去ってゆくことは何とも言えない思いです。会ったことはなくても・・。
また札幌で見つけた「中川ライター店」(模型、モデルガン、喫煙具、パーティグッズなどの販売店)の閉店を知り、自分の原風景ともいえるものが次々となくなってゆく寂しさを感じます。当然あると思っていたものが、フッ、フッと消えてゆくような気味の悪い感じ。これは老人にしか味わえない独特の感情が味わえるようになったということでしょうか。
■ミュシャとバルチュス
「ミュシャ展」は家内に誘われて。バルチュスは特集をTVで見ただけです。近年は映画館や美術館にはあまり行きません。
ミュシャはイラストレーターや少女マンガ家なら1度は敬愛するアーティスト。特にパリで活躍した時期の作品は素晴しく、60~70年代にはサイケデリックアートに影響を与えたアールヌーボーの作品として脚光をあびました。しかしアメリカや故郷のチェコで制作されたスラブ叙事詩のような作品は不評でした。
このミュシャ、北海道近代美術館の展覧会は、愛国心の作家として企画されていました。そのためちょっと困惑。ミュシャの美しいスタイルとは一体なんだったのか、と思ってしまいました。歴史は演出され続けているとも思いました。
画家バルチュスは、ダゲレオ出版のビデオを持っています。バルチュスの館で勝新太郎が日本刀を使ってみせるシーンのある珍品です。今回は東京での展覧会なので体力的に行けませんでした。見たのはNHKの放送。
田舎の館で思春期の少女の持つ官能美を描き続けた反時代的な作家バルチュス。こんな生活や画家とモデルの関係は今の日本ではできません。
モデルがいなくても描けそうな古風でマニエリスティックな様式美をもった彼の絵の奥に、実際のモデルから受け続けたインスピレーションがたくさんあると知ったことが発見です。実物ならその筆跡からもっと感じることができたと思うと残念です。
■ブログとSNS
退職前に、教員以前の自分を取り戻したくてはじめたのがブログ。
FacebookやGoogle+はいつのまにか参加していました。3年近くたちましたが、SNSは今でもあまりよくわかっていません。時間があって体力がないのでよくやりましたが・・。
Facebookは、私は"バーチャル長屋"だと感じましたが、家内は"縄跳び"だといっています。うまい例えだと思います。
Facebookで初めて誕生日を祝ってもらった時、「これまで随分癒やされました。」と投稿したら、「いろんな感じ方があるものですね。」と退会したベテランの前川さんに言われてしまいました。当時は??? でしたが、今ならその意味がわかります。
それに対してGoogle+やPinterstはかなり違います。現実社会の知合いが1人もいないせいでしょうか・・。
特に今年はPinterstの年でした。画像のコレクションSNSですが、編集者になった気分でした。
3月の時点では3000フォロワーが目標でしたが、今は10倍の40000を超えるフォロワーがいます。Pinterstには性能のいい人集めロボットがいるのかもしれません。
■来年こそ爆発
子供たちには「元気になって半年後に爆発だ!」といってみたもの、体はそんなにうまく回復してくれませんでした。
9ヶ月間で教員臭さがとれたかも疑問です。時々ブログの文章が説教臭くないか不安になります。老人だからうまくいかなくて仕方ないとあきらめることも増えました。
そんな中でアカデミー賞を受賞した宮﨑駿が言ってくれた言葉は印象的でした。
「自分は年をとって引退しようとしていたけど、受賞者の中では1番若かった。まだ若造だと思った。」
・・まだやれてないことばかりです。
■病のおかげ
去年の10月、三途の川の手前まで行きましたが、迷子になってこの世に戻ってきました。
あちらではなにも見えませんでしたが、海外旅行からもどった時のようにまわりが違って見える時期があったことはたしかです。
親友の"酒くん"、"タバコくん"と、一緒にもう1度川を見にゆこうか迷いましたが、親友にサヨナラを。
■退職って
3月31日、札幌市立大学B棟。「小学校を卒業するような気分です。」が、お別れの挨拶。正直言ってあんな晴々とした、開放的な気分で職場を去ることになるとは思いませんでした。
それまで、すごく緊張感を持って仕事をしてきたのだと思いました。不満もあったんだと思いました。そして実は充実した日々を過ごさせてもらったんだな、とも思いました。
お世話になった皆さん、見送ってくれた大勢の方々に感謝の気持でいっぱい。
■リハビリはつづく
病院を退院して1ヶ月たったころ、急に体力がおちて両手が効かなくなってしまいました。おかげで研究室の片付けは、ゼミ生に手伝ってもらうはめに。
その後もなかなか体調は戻らず、内科に通院の日々。"ふじの整骨院"の本間先生には心身ともに癒されました。
8月には2度めの入院。このあたりから病身とつきあうコツをおぼえたように思います。現在の回復度は65%ぐらい。
■母の死
9月末、静岡の母が90才でなくなりました。これで両親ともに亡くなったわけですが、今になってみると自分が先でなくて良かったと思います。
実家、静岡への旅は体力に不安がありましたが、行ってこれて自信がつきました。またその後、つきものが落ちたように元気になりました。母の最期のプレゼントだったかもしれません。
■TV
錦織の活躍でWOWOWに加入してしまいました。WOWOWは視聴者に媚びていなかったり、再放送が多かったりで、思っていたのと違い、ずっとマイナーな放送局。気に入りました。
また、これまでリアルタイムでTVを見ることがなく、録画ばかり見ていましたが、今年は録画せずに放送時間に番組を見るようになりました。TVが、視聴者の生活のリズムになっていることを知ったのは新しい発見です。
■昭和は去りゆく
俳優の高倉健さんが亡くなりました。年をとってみると、自分の人生を豊かにしてくれた方々がこの世から去ってゆくことは何とも言えない思いです。会ったことはなくても・・。
また札幌で見つけた「中川ライター店」(模型、モデルガン、喫煙具、パーティグッズなどの販売店)の閉店を知り、自分の原風景ともいえるものが次々となくなってゆく寂しさを感じます。当然あると思っていたものが、フッ、フッと消えてゆくような気味の悪い感じ。これは老人にしか味わえない独特の感情が味わえるようになったということでしょうか。
■ミュシャとバルチュス
「ミュシャ展」は家内に誘われて。バルチュスは特集をTVで見ただけです。近年は映画館や美術館にはあまり行きません。
ミュシャはイラストレーターや少女マンガ家なら1度は敬愛するアーティスト。特にパリで活躍した時期の作品は素晴しく、60~70年代にはサイケデリックアートに影響を与えたアールヌーボーの作品として脚光をあびました。しかしアメリカや故郷のチェコで制作されたスラブ叙事詩のような作品は不評でした。
このミュシャ、北海道近代美術館の展覧会は、愛国心の作家として企画されていました。そのためちょっと困惑。ミュシャの美しいスタイルとは一体なんだったのか、と思ってしまいました。歴史は演出され続けているとも思いました。
画家バルチュスは、ダゲレオ出版のビデオを持っています。バルチュスの館で勝新太郎が日本刀を使ってみせるシーンのある珍品です。今回は東京での展覧会なので体力的に行けませんでした。見たのはNHKの放送。
田舎の館で思春期の少女の持つ官能美を描き続けた反時代的な作家バルチュス。こんな生活や画家とモデルの関係は今の日本ではできません。
モデルがいなくても描けそうな古風でマニエリスティックな様式美をもった彼の絵の奥に、実際のモデルから受け続けたインスピレーションがたくさんあると知ったことが発見です。実物ならその筆跡からもっと感じることができたと思うと残念です。
■ブログとSNS
退職前に、教員以前の自分を取り戻したくてはじめたのがブログ。
FacebookやGoogle+はいつのまにか参加していました。3年近くたちましたが、SNSは今でもあまりよくわかっていません。時間があって体力がないのでよくやりましたが・・。
Facebookは、私は"バーチャル長屋"だと感じましたが、家内は"縄跳び"だといっています。うまい例えだと思います。
Facebookで初めて誕生日を祝ってもらった時、「これまで随分癒やされました。」と投稿したら、「いろんな感じ方があるものですね。」と退会したベテランの前川さんに言われてしまいました。当時は??? でしたが、今ならその意味がわかります。
それに対してGoogle+やPinterstはかなり違います。現実社会の知合いが1人もいないせいでしょうか・・。
特に今年はPinterstの年でした。画像のコレクションSNSですが、編集者になった気分でした。
3月の時点では3000フォロワーが目標でしたが、今は10倍の40000を超えるフォロワーがいます。Pinterstには性能のいい人集めロボットがいるのかもしれません。
■来年こそ爆発
子供たちには「元気になって半年後に爆発だ!」といってみたもの、体はそんなにうまく回復してくれませんでした。
9ヶ月間で教員臭さがとれたかも疑問です。時々ブログの文章が説教臭くないか不安になります。老人だからうまくいかなくて仕方ないとあきらめることも増えました。
そんな中でアカデミー賞を受賞した宮﨑駿が言ってくれた言葉は印象的でした。
「自分は年をとって引退しようとしていたけど、受賞者の中では1番若かった。まだ若造だと思った。」
・・まだやれてないことばかりです。
2014/08/24
藤野に帰る
玄関前のツタ、3週間で随分伸びていた。
階段横のツタ
金曜日に退院して藤野にもどる。庭の草が少し伸びている以外はあまり変わっていなかった。雨で濡れた草が乾いたら草刈だ。今年最後の草刈になるだろう。
今年は集中豪雨がひどく日本各地に災害が起きている。藤野も心配していたが、野の沢川は変わっていなかった。この付近は、以前土砂災害にあって大変だったらしい。
北の国、札幌に来て、護岸された川や砂防ダムのある川ばかりでがっかりしたことがある。しかしオショロコマやヤマメを釣りたい気持ちと、同じ場所に安全を求めるのはむずかしいだろう。
教育機関に勤めるようになって1番の収穫は、札幌高専の清家清校長のよく使っていた2つの言葉をおぼえたことだ。
その1:[便利は不便]
その2:[リスク・インフォーメーション]
46才の時である。
2014/08/19
こんなものがあった
ベッドで横になってボーッとしていたら、視界の中で何か動いているものがある。
病院の屋上のあたりで、見え隠れしている小さなものだ。
人の体の一部? 最初は誰かがこちらを見ているのかと思った。でも私のようなおじいちゃんの行動を覗いてもなんの楽しみもない。だいたいあの位置から見えるのは男性病棟だけだ。
動きは不規則。こちらに呼応しているようにも見えない。
「変なものが見えるんだけど。あそこは屋上? 人は行けるの?」と、清掃員に聞いてみた。
「いや、ふつうは行けないけど、な〜んだろうね」
「もしかしてヘリポートなんてある?」
「あるよ。だから結構うるさい時もあるんだよ」
わかった! あの物体、動きからすると、風向計か風力計に違いない。設置場所の関係で、風が吹くと、その一部が見えたり見えなかったりしているのだ。
Google mapの航空写真でみると確かにヘリポートがある。
装置は見えないが、多分こんなものだろう。
風向風力計(Google検索より)
ほとんどの患者がこんなものには気付かずにすごしている。
夕方になって、この装置のとなりにカラスがやってきた。じっとして動かない。
カラスはこの装置をどう思っているのだろう。
2014/08/16
病室で甲子園大会を楽しむには
今年の夏は、全国高校野球選手権甲子園大会を楽しむことにしていた。
■朝刊1400万円
別に気になるチームがあったわけじゃないので、新聞で情報を集めることに。病室には毎朝新聞を売りに来るおばちゃんがいる。
「朝刊だよー」
「いくら?」
「1400万円だよ!」
まだ夢の中かと思った。寝たまま財布を捜す。
「ちょっと高くない? そんなに持ってないよ!」
「新聞は1400万円だよ!」
朝6時から冗談についていくのはきつい。
500円硬貨を渡すと、北海道新聞と360円が帰ってきた。
1400万円のわりにはたいした情報が載ってない。
朝食後、用意してあった¥1000のTVカードをつかって、とにかく番組をみることにした。
しかしやはりノリが悪い。チームや選手情報が少ないからだ。
ネットを探すとNHKの甲子園大会欄にチームの戦力情報があった。
これをみてたら興味が出てきた。新聞など不要だった。
でもおばちゃんのパーフォーマンスは140円以上の価値はある。おかげで目がさめた。
■TVとラジオ
TV観戦は楽だけどすぐ眠くなってしまう。目がさめると次の試合が始まっている。カードの残り時間が気になる。
¥1000で何試合を見ることができるのか?
現代人ってこんな世知辛い娯楽の味わい方をしなくてはならないのか?
いや自分はどうしてもっと素直に娯楽を楽しめないのか・・。話はまだ続く。
どうせ眠ってしまうのならラジオの方がいい。
というわけで家から災害時用のラジオを持ってきてもらった。
ところが、たまたま同時に放送を流して分かったことがある。
ラジオの方が放送を受信する時間が速い。1秒ほどだが。
ラジオ:「空振り三振〜、3アウト、チェンジ!」
TV :ピッチャーは投球モーションにはいるところ。
ご存知の方にとってはは当たり前かもしれないが、サッカーだったら興ざめだ、と思った。
■朝刊1400万円
別に気になるチームがあったわけじゃないので、新聞で情報を集めることに。病室には毎朝新聞を売りに来るおばちゃんがいる。
「朝刊だよー」
「いくら?」
「1400万円だよ!」
まだ夢の中かと思った。寝たまま財布を捜す。
「ちょっと高くない? そんなに持ってないよ!」
「新聞は1400万円だよ!」
朝6時から冗談についていくのはきつい。
500円硬貨を渡すと、北海道新聞と360円が帰ってきた。
1400万円のわりにはたいした情報が載ってない。
朝食後、用意してあった¥1000のTVカードをつかって、とにかく番組をみることにした。
しかしやはりノリが悪い。チームや選手情報が少ないからだ。
ネットを探すとNHKの甲子園大会欄にチームの戦力情報があった。
これをみてたら興味が出てきた。新聞など不要だった。
でもおばちゃんのパーフォーマンスは140円以上の価値はある。おかげで目がさめた。
■TVとラジオ
TV観戦は楽だけどすぐ眠くなってしまう。目がさめると次の試合が始まっている。カードの残り時間が気になる。
¥1000で何試合を見ることができるのか?
現代人ってこんな世知辛い娯楽の味わい方をしなくてはならないのか?
いや自分はどうしてもっと素直に娯楽を楽しめないのか・・。話はまだ続く。
どうせ眠ってしまうのならラジオの方がいい。
というわけで家から災害時用のラジオを持ってきてもらった。
ところが、たまたま同時に放送を流して分かったことがある。
ラジオの方が放送を受信する時間が速い。1秒ほどだが。
ラジオ:「空振り三振〜、3アウト、チェンジ!」
TV :ピッチャーは投球モーションにはいるところ。
ご存知の方にとってはは当たり前かもしれないが、サッカーだったら興ざめだ、と思った。
そんなわけでラジオの写真。
2014/08/11
ビョーニン暮らし 今回は何かちがう
病院ぐらしのはずが、お盆で帰省するフェリーに乗ったような気分になってしまっている。
不満はほかにもある。
もってきたPC、昨年は最新型だったが、今回は10年前の古いMacBook Pro。何からなにまでパワー不足だ。院内には看護士も知らないWi-Fi接続ができる場所がある。コンビニの5m以内にたってファミリーマートのWi-Fiに加入すればいいのだ。しかしこれもパワー不足でままならない・・。通信は20分で切れてしまうのであせる。
金曜日、偶然だがそんなファミリーマートで高専の卒業生Nさんに会った。
私は普段行かないところにいくと、古い知人に会う運命にあるらしい。奥多摩でも西湖でもNYでもパリでも。
「そなた、何ゆえこんな場所におるのじゃ?」「拙者、じつはかくかくしかじかで・・」 まるで日本の時代劇のようなやりとりになる。今回もそんな感じ。
もし神様がいるんだとしたら、退屈な人間には時々こういうシゲキをプレゼントして、いたずらを楽しんでいるのかもしれない。
2014/08/07
サブマリン707 小沢さとる
2014/01/22
パイプ
飲酒をやめるのは辛かったが、毎日決まった時間に飲んでいた酒は不思議とやめられるものだ。
しかし喫煙はそうはいかなかった。決まった時間ではなく、吸いたくなったら吸っていたからだと思う。タバコの本数は少なかったが、気分を切換えるためには必要な生活習慣になっていた。
禁煙生活を説明する時は、車の運転を例に出す事にしている。マニュアル車を運転した事の無い方は分かりづらいかもしれないが、禁煙とはスクーターのようなノークラッチのダンプカー(そんなものは無いが)を運転しているような気分だ。
重い車(自分の気分)を、坂道やカーブで右足とハンドルを使ってコントロールしながら慎重に運転する。常に車重を意識していなくてはならないので気が休まる時がない。車が停止するのは、自身が寝る時である。
「禁煙パイポ」を使ってみた。最初はいい。口元の寂しさは解消できる。しかしこれは飾りのクラッチがついたオートマ車のようだった。
「ニコレット」ガムは思った以上に効果があるので驚いた。口内でニコチンを摂取するからだ。まずはタバコを口にするという習慣を取り去り、次にガムの数を減らしてゆくという2段構えの禁煙方法にも興味を持った。
「ニコレット」はトルクの太い低速エンジンの農耕車のようだ。爽快感はないが運転は簡単。ただしこの車、ガソリン食い。「ニコレット」は1粒¥100なのだ。
私の禁煙を知った友人Tからパイプを勧められる。Tはパイプ制作者である。
ネットで調べると、パイプは吹かすだけなのでニコチンは口内で摂取する。肺は安全。タバコのように紙が燃える余計な臭さがない。禁煙による口元の寂しさもないし、葉もそれほど高価ではない。
だがいい事ばかりではない。手間がかかる。ニコチンも取り込んでいる。
パイプって車なら何にあたるのか? それとも馬車?
パイプは初めてではない。一見タバコに似ているが全く違う文化を持っている。葉をつめる行為、火を絶やさないテクニック、手入れ、持ち運び。気分転換に簡単に口にするにはちょっと面倒。おかげであまり吸わずにすんでいる。
重い車(自分の気分)を、坂道やカーブで右足とハンドルを使ってコントロールしながら慎重に運転する。常に車重を意識していなくてはならないので気が休まる時がない。車が停止するのは、自身が寝る時である。
「禁煙パイポ」を使ってみた。最初はいい。口元の寂しさは解消できる。しかしこれは飾りのクラッチがついたオートマ車のようだった。
「ニコレット」ガムは思った以上に効果があるので驚いた。口内でニコチンを摂取するからだ。まずはタバコを口にするという習慣を取り去り、次にガムの数を減らしてゆくという2段構えの禁煙方法にも興味を持った。
「ニコレット」はトルクの太い低速エンジンの農耕車のようだ。爽快感はないが運転は簡単。ただしこの車、ガソリン食い。「ニコレット」は1粒¥100なのだ。
私の禁煙を知った友人Tからパイプを勧められる。Tはパイプ制作者である。
ネットで調べると、パイプは吹かすだけなのでニコチンは口内で摂取する。肺は安全。タバコのように紙が燃える余計な臭さがない。禁煙による口元の寂しさもないし、葉もそれほど高価ではない。
だがいい事ばかりではない。手間がかかる。ニコチンも取り込んでいる。
パイプって車なら何にあたるのか? それとも馬車?
パイプは初めてではない。一見タバコに似ているが全く違う文化を持っている。葉をつめる行為、火を絶やさないテクニック、手入れ、持ち運び。気分転換に簡単に口にするにはちょっと面倒。おかげであまり吸わずにすんでいる。
2013/10/30
札幌中心街から見える紅葉と朝焼け
霞のかかっていない時は、窓から鮮やかな紅葉が見える。
右手画面の外に大倉山ジャンプ競技場がある。
ビルの10Fから。
6:00ごろ。朝焼けがきれい。
真ん中の建物はプリンスホテル、その左ずっと奥にテレビ塔。
窓の外では2羽のハトが楽しげに飛び回っている。
今日でこの景色ともお別れ。明日から藤野。
2013/10/25
花のうしろに写っていたのは・・
病気のお見舞いといえば、花が定番。
しかし、まさか花を病室に置けない時代になっていたとは知らなかった。
生花には、患者にとって危険なものが着いていたり、付着しやすいということなのだ。
一晩はベッド脇に置いたが、あとはナース・ステーションで預かってもらうことに。
せっかくいただいた花。病室から消える前に
写真を撮っておこうとベッドテーブルに置いて撮影。
何枚か撮った後、見てみたらこんな写真が写っていた。
花のうしろの映画の画面にわけの分からない字幕が?
”身にしみてひたぶるにうら悲し”か・・
どんな意味かと調べてみると、
ポール・ヴェルレーヌの詩「落葉」の一節。
ノルマンディー上陸作戦の暗号に使われた言葉だった。
たしかに、それまでうつらうつら見ていた映画は「史上最大の作戦」。
秋の日のヴィオロンのためいきの
身にしみてひたぶるにうら悲し」
(訳:上田敏 「落葉」から抜粋)
意味:季節の移り変わりの中、さらに去ってゆく秋を惜しむ。
鮮やかな花・・、60年代のモノクロ大作映画・・、ヴェルレーヌの詩・・。
・・今日はあまり考えないでおこう。
2013/10/23
ビョーニンぐらし その4 病院食いろいろ
粥は次第に米粒の沈んだものになる。まずは三分粥。
これには「卵ペースト」やら、「かつお節みそ」やらという袋入りの粥にかけるものがついてくる。味は見かけより美味い。五分粥、七分粥と、1日ごとに米粒の量が増えてゆき、最後は汁のない全粥になる。
これらの病院食、内臓を刺激しないように温度は人肌だ。しかしもう少し暖めて気の利いた器で出されたら、高級精進料理のように感じられるかもしれない。病室で不謹慎かも知れないが、糖分、塩分などという健康議論は隅においておけば、さっぱりとした酒が似合いそうだ。
これには「卵ペースト」やら、「かつお節みそ」やらという袋入りの粥にかけるものがついてくる。味は見かけより美味い。五分粥、七分粥と、1日ごとに米粒の量が増えてゆき、最後は汁のない全粥になる。
これらの病院食、内臓を刺激しないように温度は人肌だ。しかしもう少し暖めて気の利いた器で出されたら、高級精進料理のように感じられるかもしれない。病室で不謹慎かも知れないが、糖分、塩分などという健康議論は隅においておけば、さっぱりとした酒が似合いそうだ。
■三分粥に卵ペースト
卵ペーストの味は一度味わって欲しい。
卵ペーストの味は一度味わって欲しい。
■目玉焼きモドキ?
一見目玉焼きに見えるが、煉り物。
2枚の白い煉り物の間に味のついた黄身らしきものが挟まれている。本物と比べると生々しさはないが、これはこれで技を感じる。

■カリフラワーとアスパラ
ゆでたカリフラワーは、全く味付けしてない。
かみしめるとカリフラワー本来の微妙な味が、
冷たい食感の間から伝わる。絶品。
■身が締まり重いあんかけ豆腐?
オカラを固めて作ったのではないかと思うほど。
場所を変えてもう一度食べてみたい。
サイズは4分の1で十分。(高野豆腐や焼き豆腐ではない。)
■レバー味のするツミレ
大半は鳥と魚だろう。レバー味が舌に残る。
この他にもニンジンが入っている料理が多い。ニンジンの和風の味付けは苦手。
■ブロッコリー味の冷スープ
なにがベースかな?っと思わせる微妙な味。
■ホウレンソウと魚のあえもの
鮭は水煮の缶詰だが悪くない。
■グレープジュースの入ったヨーグルト
季節を感じるほど新鮮だった。
2013/10/21
ビョーニンぐらし その3 流動食を楽しむ
入院して5日間は水さえ飲めなかった。点滴と注射のみ。
6日目にコップで水を飲めるようになり、
7日目にやっと流動食がでた。
塩分や糖分がほとんどない食べ物というのは、こんなに繊細な味を楽しめるものか。
口にしたあと、すぐには言葉が見つからなかった。
頭に浮かんだのは尊いお方の食べ物だった。
口にしたあと、すぐには言葉が見つからなかった。
頭に浮かんだのは尊いお方の食べ物だった。
特に感動したのは粥、といっても米の炊き汁のみ(写真中央)。
2番目が、大豆とあずきのゼリー状のもの(写真中央左)。
3番目は、調味料の入っていないコーンスープ(写真左)。
4番目は、アプリコット風味のジャガイモ汁?((写真左後)。
最後が魚粉のみそ汁。
すべて追加された味らしきものはない。
あるいは1週間も食べ物を口にしていないせいかも知れないが、
これらの料理からは、人獣も見かけない果ての果てにある土地の霧をすするような清廉な感覚を味わえた。
一句:”流動食” 不味いといったら おしまいだ
ビョーニンぐらし その2 弾性ストッキング
これ、弾性ストッキングというらしい。
長いあいだ足を動かさずにいると血液の状態が悪くなる。
それ防止するためにこんなものがあったのだ。
効き目は・・、まあ賛否両論がありそう。
2度と履かなかった。
同様のものが航空機の長時間旅行用にもあるという。
2013/10/20
ビョーニンぐらし その1 娯楽
入院の娯楽といえばTVや、DVD。
横にはTVモニタとDVDプレイヤーがあるので専用カードを買えば見られる。しかし見るのはベッド。当然だがそのうち眠ってしまう。目が覚めるとカードは時間切れになっている。
これでは何枚カードがあっても足りない。
家から古いホラー映画「透明人間」を持ってきてもらいMacで見ることに。
映画と今いる場所「救命救急センター病棟」が、妙にあっているような気がする。
映画と今いる場所「救命救急センター病棟」が、妙にあっているような気がする。
2013/10/18
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