「ジャコビニ流星群」は、ジョコビッチのこと。
全豪オープンが終わった。
テニスをちゃんと見るのは初めてなので、プレイヤーにも馴染みがなかった。だから男女の決勝に進んだ2人に分かりやすい名前をつけてTV観戦した。
「シャラちゃん」は、一般にも知られた長身の美女テニスプレーヤー。モデルでもある。
かつて、ジャーナリストの大宅映子が「”神は二物を与えず”っていうけど、こんなこともあるのね。」と言ったのが忘れられない。
「シャラちゃん」のプレーをまともに見たのは初めて。
それにしてもすごい叫び声だった。別の部屋で仕事をしていてもTVでプレーが始まったことがわかる。フォームもきれいだし、非の打ち所がないとはこのことかと思うほど。
しかし相手はセレナ(呼びやすいのでそのまま)。
力、技、体、素晴しいプレーヤーだ。偏見を持ってみれば、風貌がイギリス生まれの伝統的スポーツであるテニス向きだろうかとも思ったが、そんな思いはプレーが始まった途端に吹っ飛ぶ。すごいアスリートだ。
結果は「シャラちゃん」の完敗。
「シャラちゃん」を見ているとセレナ同様すべてにおいて優秀なプレーヤーなのはよくわかる。
しかし彼女が勝てないのは、相手の弱点を探すより、テニスのセオリーを極めようと、修行僧のようにプレーしてしまっていることが原因ではないだろうか思った。
言い換えれば「シャラちゃん」は、長距離走より100m走むき。クロスカントリーよりジャンプ向きなのだ。
このプレーの質的な違いがあるかぎり、彼女がセレナに勝つのは難しいと思った。
一方、「ジャコビニ流星群」。こちらも見るのも今大会が初めて。ただし、前の試合を見ていた。彼はパワーで自分を圧倒する相手に勝利していた。たしかに強い。
しかしあまりハードな試合だった。だから決勝は疲労で勝てないと思った。
決勝の対戦者マレー(呼びやすいのでそのまま)は、戦い方も似ているし実力も変わらないと感じていたのだ。
しかし結果は優勝。
「ジャコビニ流星群」は、決して優位だったとは言いがたい。しかし優位に立てるように我慢して試合を進めた。それは何か手を打ちたくなる気持ちを抑え、何もしないという我慢のしかただった。
試合で何が起きているのか? 相手はそれが読めず術中にハマってゆく。「ジャコビニ流星群」とは、実は抜群の試合巧者だったのだと思った。
そんなわけで少しだけプレイヤーとテニスを覚えた。
今日からは仕事に精を出そう。